東京地方裁判所 昭和62年(ワ)11068号 判決 1989年8月29日
原告・反訴被告 有限会社 山野商店
右代表者取締役 山野邦子
右訴訟代理人弁護士 村上直
被告・反訴原告 森田静
右訴訟代理人弁護士 横内淑郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 反訴被告は、反訴原告に対し、別紙建物目録記載の建物を収去して別紙土地目録記載の土地を明け渡し、昭和六二年四月一三日から右土地の明渡済みまで年八〇万一五六二円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、原告・反訴被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 原告が被告から賃借している別紙土地目録記載の土地の賃料は、昭和六〇年四月一日以降昭和六三年三月末日までの間一か月三万五七八四円であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 反訴請求の趣旨
1 主文第二項と同じ
2 訴訟費用は、反訴被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴請求原因
1 もと原告の代表者であった訴外亡山野松之助(以下「松之助」という。)は、被告から、昭和四三年に、別紙土地目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき建物収去土地明渡請求訴訟を提起され、争っていたが、昭和五八年六月二二日、被告との間で、概ね次の内容の和解をした(同和解には、原告も参加人として加わった。)。
(一) 松之助と被告との間の本件土地賃貸借契約は、合意解約する。
(二) 原告と訴外森田開発株式会社は、本件土地上に共同で六階建ビルディング(以下「本件建物」という。)を建築し、原告五、森田七の割合で区分所有する。
(三) 本件建物が完成したとき、被告は、原告に対し、本件土地を期間三〇年として賃貸する。
(四) 賃料は、本件土地全部に対する公租公課の三倍相当額の一二分の五とする。
2 本件建物(別紙建物目録記載一の一棟の建物)は、昭和五九年四月一日ころ完成し、右賃貸借契約は、同日開始した。昭和五九年の賃料は、年二五万三七二五円であった。
3 ところで、昭和六〇年度の本件土地全部に対する公租公課は、年額五八万四〇一〇円となった。これによれば、原告の支払うべき賃料は、年額七三万〇〇一二円(前年と比べて二・八七七倍)と算出される。
4 しかし、これは比隣の地代などと比較して著しく高額であり不相当である。賃料の増額は、被告の利得(被告の地代収入から公租公課を差し引いた額)が物価、地価の高騰に比例して増加する限度にとどめるのが適正であり、物価・地価の上昇分を一〇パーセントと考えると、一か月三万五七八〇円(年四二万九四〇八円)となる。そこで、原告は、被告に対して、昭和六〇年二月一二日、同年四月一日以降の賃料を一か月三万五七八四円に減額するよう申し入れた。
5 ところが、被告はこれを承諾しないので、原告は、被告に対し、請求の趣旨のとおり賃料額の確認を求める。
二 本件請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 請求原因3の事実のうち、賃料が比隣の賃料と比較して著しく高額で不相当であること、適正賃料が一か月三万五七八四円であることは否認し、原告が被告に対し昭和六〇年二月一二日、同年四月一日以降の賃料を一か月三万五七八四円(年四二万九四〇八円)に減額するよう申し入れたことは認める。
3 請求原因4のうち、被告が賃料減額を承諾しないことは認める。
三 反訴請求原因
1 本訴請求原因1と同じ。
2 右の賃貸借契約には、次の特約がある。
(一) 建物の増改築は禁止する。
(二) 六階部分は、倉庫としてのみ使用し、住居等とはしない。
なお、法令上も、六階部分は倉庫としてのみ利用でき、屋上は昇降機塔にのみ使用できる。また、反訴被告(本訴原告)(以下「原告」という。)及び反訴原告(本訴被告、以下「被告」という。)は、建築主事に対し、本件建物の六階部分を居住用には使用しないとの念書を提出している。
3 しかし、右の特約について、原告は、次のように違反している。
(一) 昭和六〇年五月頃、屋上に面積約一〇平方メートルの建物(別紙建物目録記載三の建物)を無断で増築し、これを住居として使用している。
(二) 昭和五九年四月頃から同六三年まで、六階部分を無断で住居として使用した。
4 被告は、原告に対し違反行為の中止を再三求めたが原告が応じないので、遅くとも昭和六二年四月一二日到達した書面をもって、本件の土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
5 本件土地の賃料は、約定によれば昭和六二年度は年八〇万一五六二円となるから、被告は同額の損害を被っている。
6 よって、被告は、原告に対し、賃貸借契約の終了により反訴請求の趣旨のとおり建物収去及び土地明渡並びに明渡遅延による損害金の支払いを求める。
四 反訴請求原因に対する原告の認否及び反論
1 反訴請求原因1の事実は認める。
2 反訴請求原因2の事実は、法令上の用途の制限と念書の提出の事実は認め、そのほかは否認する。
3 反訴請求原因3の事実のうち、無断であることは否認し、そのほかは認める。
原告は、予め被告の承諾を受けているし、工事中に建築資材を屋外からクレーンでつり上げて搬入した際も、被告の息子に承諾してもらった。
4(一) 反訴請求原因4のうち、被告が違反行為の中止を再三求めたことは否認し、被告が、遅くとも昭和六二年四月一二日到達した書面をもって、本件の土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは認める。
(二) 原告が、六階を住居にし、屋上に増築したからといって、被告の迷惑とはならないのであって、信頼関係を破壊するに至っておらず、解除の効力は生じない。
また、被告も、本来は倉庫である六階について、昭和六一年七月から同六二年二月までの間、訴外株式会社タムテックに対し、事務所として賃貸した。被告自身、そのような法令違反をしながら、解除請求をするのは、信義則に反し、解除は無効である。
5 賃料相当損害金の額は不知。
五 原告の反論に対する被告の認否
屋上に建物を建築すると、火災等の場合に避難場所を失わせ、防災上問題がある。他人の生命身体に危険を生じさせるのであって、背信性は大きい。
被告が、原告主張の期間に、訴外株式会社タムテックに対し六階を賃貸したことは認めるが、倉庫として貸したものである。
第三《証拠省略》
理由
一 次の事実は、当事者間に争いがない。
1 もと原告の代表者であった松之助は、昭和四三年、被告から、本件土地につき建物収去土地明渡請求訴訟を提起され争っていたが、松之助及び原告(原告は、上記訴訟では参加人。)は、昭和五八年六月二二日、概ね次の内容の和解をした。
(一) 松之助と被告との間の土地賃貸借契約は、合意解除する。
(二) 原告と訴外森田開発株式会社は、共同で六階建ビルディング(本件建物)を建築し、原告五・森田七の割合で区分所有する。
(三) 本件建物が完成したとき、被告は、原告に対し、本件土地を期間三〇年として賃貸する。
(四) 本件土地の賃料は、土地全部に対する公租公課の三倍相当額の一二分の五とする。
本件建物は、昭和五九年四月一日ころ完成し、右賃貸借契約は、同日開始された。昭和五九年の賃料は、年二五万三七二五円の割合による金額であった。
2 ところが、昭和六〇年度の本件土地に対する公租公課は、年額五八万四〇一〇円となり、原告の支払うべき賃料は年額で七三万〇〇一二円(前年と比べて二・八七七倍)と算出された。
3 原告は、被告に対して、昭和六〇年二月一二日、同年四月一日以降の賃料を一か月三万五七八四円に減額するよう申し入れた。しかし、被告は応じなかった。
4 原告は、次のような建物利用をしている。
(一) 昭和六〇年五月頃、屋上に面積約一〇平方メートルの建物を増築し、住居として使用している。
(二) 六階部分を、昭和六三年まで住居として使用していた。
5 被告は、遅くとも昭和六二年四月一二日到達した書面をもって、本件の土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
二 本訴について
本件の和解において合意された地代の増減に関する特約は、いわゆる地代改定特約の一種であり、借地契約を結ぶ際、地代に関する争いを避けるため将来にわたり固定資産税の額等を基準として一定の方式により地代を増額する旨を合意したものである。このような特約は、地代算定の方式が相当である限り、借地法一二条一項の規定にかかわらず、有効なものとして扱われるべきであるが、原告は、本件特約の算定方式を不相当であるとして、その効力を否定している。しかしながら、本件特約は、地代算定の際一般的に重要な要素とされている固定資産税等の額を基準とし、これに乗ずる倍率は三倍と、この種の倍率としては一般的なものを採用しているのであって、到底不相当な方式であるとはいえない。したがって、方式の不相当を理由とする無効の主張は、採用し難い。次に原告は、この方式により算出される額(年額)が、基準となる固定資産税額の増額により、当初(昭和五九年)の二五万円余りから七三万円余りと一挙に二・八七倍に増加したことをとらえて、右特約の効力を争っている。しかし、昭和六〇年度の本件土地に対する公租公課が前年度のそれの三倍弱に上がったのは、主として、本件土地上の建物が和解による合意に従い、商業用のビルに建え替えられたことにより、地方税法三四九条の三の二の特例(住宅用地に対する課税標準の特例)が受けられなくなったことによるものである。本来右のような納税の特例は、特定の政策目的を実現するため、原則に対する例外として特定の国民に対し租税の減免を認めたものであるから、本件土地について前記の特例が受けられなくなったことは、単に課税標準の額について地方税法三四九条の原則に戻って租税を納付すべき状態に復帰したというにすぎない。そして、このような公租公課の額の変動をもたらした商業用ビルへの建て替えは、原被告間の和解による合意内容の中心的事項であったから、前記の公租公課の額の上昇は、和解の当事者である原告においても、当然予見可能な事項であったというべきである。そうであれば、前記の地代改定特約に基づいて算定される額が上昇したのは、地代の額が本来あるべき水準に戻ったことを意味するにすぎず、なんら予測をこえた異常事態が生じたわけではない。そうすると、右特約をした後にその基礎となる事情が変わり、その結果当事者間の衡平を欠くに至ったときなどに適用すべき事情変更の原則を適用する余地もないというべきである。
そうすると、前記の地代改定特約は、今なお有効であり、地代の額は右特約により改定されているから、右特約の効力を否定してする原告の賃料減額請求は失当であって、採用できない。
三 反訴について
1 屋上部分の増改築禁止特約について
(一) 証拠によれば、次の事実が認められる。
(認定に供した証拠は、認定した事実の次に掲げる。成立について説示のない証拠は、成立に争いのないものである。以下同じ。)
(1) 昭和五八年の和解においては、本件土地上に新しく建築する建物(本件建物)には、面積(和解調書上は二八・二七平方メートル)の等しい部屋を一二部屋作り、そのうち五部屋を原告が区分所有することとされ、この区分所有の割合(一二分の五)に基づき、本件土地の賃料として本件土地の公租公課の三倍(この額が本件土地の全体の賃料に相当する。)の一二分の五を原告が支払うこととされた。
証拠《省略》
(2) また、右和解に際し、屋上に物を置かないでほしいとの要求が被告からなされ、これを受けて、和解条項に、「双方とも屋上には相手及び他人の迷惑となる使用方法を講じないこととする。」との条項が入れられた。
証拠《省略》
これらの事実によれば、屋上に関しては、原告は、被告との間で、昭和五八年の和解の際、和解条項の六項により、増築をしないとの合意をしたというべきである。
(二) しかるに、原告が屋上に別紙建物目録記載三の建物を増築する際に被告側から承諾を得たことを認めるに足りる証拠はない。
2 六階部分は倉庫としてのみ使用し住居等とはしない旨の特約について
(一) 次の事実は、当事者間に争いがない。
法令上、本件建物の六階部分は倉庫としてのみ利用でき、屋上は昇降機塔にのみ使用できる。原告及び被告は、建築主事に対し、本件建物の六階部分を居住用には使用しないとの念書を提出した。
(二) 証拠によれば、被告の主張に沿う次の事実が認められる。
(1) 和解成立前の建物計画段階においては、当初は法令上五階建しか建築できないということであったが、その後松之助や被告が業者と折衝しているうち、六階を倉庫にするならば六階建ての建物を法令上建築することができることが判明した。そこで被告は、六階を倉庫として建築することを希望した。しかし、原告は、当初は倉庫は不要であるとして被告の希望に同意しなかったが、後になりこれに同意し、最終的には六階部分は倉庫として六階建てのビルを建築することになった。
証拠《省略》
(2) 当初、六階には、給水管、給湯管、汚水管、ガス管がなく、したがって流しやトイレの設備がなかった。
証拠《省略》
なお、証人魚住澄夫は、右認定事実とは反対の証言をし、乙一四の一(写真)にトイレの入り口及び流し台が写っているという。また、甲一二の二及び乙七は、その体裁から本件建物の計画段階の図面と認められるが、そこでは六階も二ないし五階と同じく扱われ、流しやトイレの設備も書き込まれている。証人魚住澄夫は、本件建物はこの図面に基づいて作られたという。
しかしながら、乙一四の写真は、その日付の記載から本件建物完成当時の写真ではないと認められる。また、乙一一は、その体裁から本件建物の詳細な図面であると認められるが、ここでは六階は、五階以下が店舗や事務室として設計されているのに対し、倉庫として設計され、流しやトイレの設備は記入されていない。他方これに匹敵するような詳細な図面で、六階を五階以下と同じに書いたものは見当たらない。そうすると、甲一二の二や乙七が本件建物計画段階で作成されたかどうかはともかくとして、建築の最終図面として実際の工事に使用されたものとは考え難く、前記魚住証言も乙八及び一一と対比して採用できない。
(3) 本件建物完成後、六階の各専有部分は、いずれも倉庫として登記がなされている。
証拠《省略》
(三) 以上のとおり、本件土地上に六階建てのビルを建築する場合には、法令上六階部分を店舗・事務所・住居等に使用することができず倉庫としてのみ使用できることを前提として、原告と被告とは、六階部分を倉庫として計画し、設計も六階部分は倉庫として流し・トイレの設備や各種配管も設置しない設計とし、建築確認申請も六階部分は倉庫として行い、実際にその設計どおり建築したものであり、かつ、表示登記も六階部分は倉庫として登記されているのであるから、原告と被告は、本件建物建築という共同事業において、終始一貫して六階部分を倉庫として使用することを前提として行動したものということができる。そうとすれば、このように原告と被告が行動したのは、その前提として、原告と被告との間で六階部分は倉庫としてのみ使用し店舗・事務所・住居等には使用しないとの合意があったからにほかならないというべきである。
なお、証人魚住澄夫は、六階部分は原告としては当初から住居にするつもりであり、そのことは被告も承知していたと証言するが、他の証拠から明認できる前記(二)の事実に照らして信用できない。
3 以上のとおり特約が認定できるとすると、原告はこの特約に違反したことは明らかであるが、原告は、信頼関係を破壊していないとして争うので、判断する。
まず、屋上の増築についてみると、これは、さきに述べたとおり賃料が区分所有する建物の数を基準にして定められている以上、原告の支払うべき賃料の算定基礎を崩すものであり、また法令上も消防用設備に関する特例基準適用の条件に違反するものであって、防災上危険であると認められる。次に、六階の倉庫使用についてみると、これは、契約上用法違反となるばかりでなく、法令違反となるものである。そうだとすると、右のいずれの特約違反も、当事者間の信頼関係を破壊するものといわなければならない。この判断を動かすべき証拠はない。
なお、原告は、被告も訴外株式会社タムテックに対し、六階を事務所として使用させたことがあるから、原告が六階を倉庫として使用していないことを非難するのは信義則違反であると主張する。そして、被告が、同会社に対し、六階部分を賃貸したことは当事者間に争いがない。しかしながら、甲九の一によれば、被告が六階を事務所に使用することを認めたかにみえるものの、被告は、これを否定し、契約書上も倉庫のみに使用するとの条件で賃貸しているのであるから、原告主張のような事実は認めることができない。原告の主張は、採用できない。
4 以上検討したところによれば、原告の特約違反を理由とする被告の解除は、有効で、賃貸借契約は終了したものといわなければならない。そして、賃料相当損害金は、賃料に関する当初の合意にしたがって、本件土地に対する公租公課額の三倍の一二分の五であるというべきところ、弁論の全趣旨によれば、昭和六二年の公租公課額に基づく資料額は、年八〇万一五六二円と認められる。
そうすると、原告は、被告に対し、別紙建物目録記載の建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、昭和六二年四月一三日から明渡しずみまで右年額の割合による損害金を支払うべき義務がある。
四 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、被告の反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 岩田好二 久留島群一)
<以下省略>